諸君はあきる程字を書いてみたことがあるか。私は未だかつて一度もそれがない。それはいろいろの事情で阻まれていつも惜しみ乍ら筆を措かなければならないのである。死ぬ迄にはいつか心ゆく迄書いて見たいと思ふ。それ位書けたら少しは見られるものが出來さうにも思へるのだがといつも考える事である。

 二十年程前に一夏、丸三十日間びつしり書いてみたことがあつた。それは文字通り書きつづけて見たのである。夜も夜通し書いた。疲れれば机にうつ伏して眠つた。その結果はあきる所か益々熱が上つてしまつて、画学生だつた私が、書の中へ突貫してしまつたのだから、どれだけ書いたらあきるのか見當がつかない。あくことを知らないで今日に及んで居る有様である。私は書いてさへ居ればそれでよい。だから私の書いたものは毎日山程紙屑籠へ直通するのである。紙屑製造は私の日課である。(中略)

 諸君の競書を見てゐると、まだそれ程の氣ちがひは居らないらしく、ほつとする時もある。或時は又それ程の狂人も一人位は出現しさうなものだと思ふ場合もある。

 そんな人を見つけ出すと、おや此処に俺の友達が出來たと、すつとび上つて早速逢ひにゆくことだらふ。今夏、富山へ行つて正に私以上の、とてつもない大物のそれを見た。これは又素睛らしい。而も大先輩である。大怪物である。私はその先輩の家へ行つて、腰を据えて動かなかつた。仕方がないので雅休と桑風とは私を置いて他へ出かけた。雜華堂である。棟方志功先生居である。その日の事はいづれは書くつもりだが、今はまだ惜しくて書く氣になれない。

 燃燒も本物の燃燒でなければ駄目である。「本物」たる事だ。本物なら本物のきち(、、)()()になつても偉いものだと思ふ。なまでくすぶるような燃燒型を完全燃燒と錯覚してはならない。私自身その本物をつかみたい切なる心から志功先生の前へ跪坐したものである。本物の燃燒である。燃燒して居る書は見てすぐわかる。そしてその書は大きな迫力を持つ。それの無い書はすべてナンセンスである。

 競書出品者諸君がこのことに心を致して眞に燃燒することが出來たなら、書原につながる人達だけでも、書道界の宿痾を一掃することが容易である。私はきびしく自分にそれを要求し、同時に諸君にも期待するものである。(十月十日深更)

「書原」第18号(昭和24年1月発行)より抜粋
注* 表記は原文のままとした