第一筆は第二筆をみちびきだし、第二筆は第一筆からみちびかれた力を合致させて第三筆をみちびきだし、かくして第一字は第二字をみちびき第三字第四字と、あだかも名歌手が歌ひはじめ歌ひすゝめ、歌ひ終るように、筆と呼応しつゝ、筆と独立しつつ、しかもメロデツクでありリズミカルで、しかも右左、上下終始ハーモニイせねばならぬ。
筆をふるふのはあだかも名コンダクターが指揮棒(タクト)を揮ふごとくに、かゝとの底から身体の全体から、からだのこなし手のまはし方等が、一糸みだれぬ、呼吸、気合が合致して間隙のないやうでなければならぬ。そこに強弱、緩急があり、変化と統一とがなければならない。只早いのは遅いのと同じ、只遅いのは早卒早軽と等しい。真黒は真白と同じだ。
調子がなければならぬ。歓びの表現でなければならぬ。快調であらねばならぬ。しかし只それだけではならぬ。感興は絶対的に必要だが、感興に淫し溺れてはいない。ブレーキが適度に加へられて、軽薄に堕さないやうにせねばならぬ。そして全体的には沈着し安定せねばならぬ。
身のこなし手の運動と筆と紙が合致して、主題(やさしいとか、りんとしてゐるとか、豊麗とか古意とか)を発揮しなければならぬ。
「定本 大澤雅休・大澤竹胎の書」 教育書籍 (昭和56年発行)大澤雅休ノート(―)より
注* 表記は原文のままとした